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「小さな畑の肥やしでいいのか?」

昨日は僕のビジネス上の師が逗子まで来てくれて、
たっぷり3時間ぐらいサシで話をしました。
だいぶ年下なのだけど、常に示唆をくれ、
次のステップへのヒントをくれる人。
ここ1か月ぐらい、
なんとなくの便秘気味だった
心をうまいこと流してくれました。

その中で出てきたのが表題のことば。
見える範囲に小さな幸せを渡すこと、
これも大切なこと。
でもそれで本当にいいの?
「いいこと」と思うことをただ粛々と続ける、
それだけでいいんだっけ?
ボランティアでも趣味でもなく
「仕事」として取り組むときの
肩肘張る必要はないけれども。

社会変革の一翼を担いたいのか、
見える範囲の小さな喜びを生み出すだけでいいのか。
どっちがいい悪いではなくて、どっちをやりたいのか。

僕はやっぱり前者を為したい。
でもなかなかぐるぐる同じところを回ったり
回り道をしたりの繰り返し…。
昨日の場では色んな示唆をもらったけど、
一晩経って残っているヒントをまとめると…

■できないことは「出会い」から。
自分が知らないこと、
できないことはやっぱりできない。
想像の外にあるから。
そこを突き抜けさせてくれるのは「出会い」しかない
自分がまだ達していない高みから見ている人
自分ができないことをできる人
自分がもっていないものを持っている人
そういう人と触れる時間を増やしていかないと。
気持ちいい場所、居心地のいい場所だけに留まっていると
ブレークスルーしない。

ふと昨日、楽になったのは、
僕は「モデルを作る」のは得意じゃないという気付き。
以前に属していた会社は
そういうのが得意な人が多い会社だったから
僕自身も得意な気になっていた。
けどきっとそうじゃない。
だから、そういうことができる人、
考えられる人と触れ続けることは僕にとって大事だな。

もうひとつ、高みの視界を見せてくれる人との時間。
これを増やしていかないと。
違和感やざらざらした感じを抱える対話。
自分の痛いところをチクチクされる場を。
気持ちのいい、居心地のいい場所だけじゃなくて。

■本流はなかなか変わらない、支流を作ってそこに水を流す。
大きな河の流れをえっちらおっちら
変えようとしてもなかなか難しいという話。
であればせっせと支流をほって、
そっちに流れる水を増やせば
気づいたら水が流れてきているだろう、
気づいたらそっちが
本流になっているだろう、ということ。

小さいころ、砂浜で川やダムを作っていたから
このことは感覚で知っている。
ちょっとした支流をつくると、
最初はチョロチョロだけど
気づくと大きな流れができていて、
元の本流は干上がっている。

そんな流れを作る人になりたい。

■10年継続できるものをつくれるか。
自分の気持ちが切れたら、はいお終い。
そんなんでいいんだっけ?
それはたぶん、ビジネスじゃない。
10年間「仕事」として続けていけるか。
継続して回り続けるか。
そんなことを問い続けたい。
趣味でないなら。

もう一度。
「小さな畑の肥やしでいいのか」